会場となった工場の設計担当者として、基本計画、設計、工事監理、竣工から「Variations on a Silence ──リサイクル工場の現代芸術」までほぼ全過程で現場実務に関わった視点から、ハコとしての建築を中心に当時の状況をいくらか補足してみたい。
1 敷地の特性 ─ 開かれた工場としての設計
羽田沖の埋め立て人工島内の工場地帯において、東京都よるリサイクル企業の誘致計画「スーパーエコタウン」の公募があり、株式会社リーテムの計画案がその一角に採用されました。
リサイクル工場は法的には「ゴミ処理場」と区分され、新設の際は都市計画審議会に諮り許可を得るなど複雑な手続きが必要です。都の先導である程度認可への道筋は敷かれていましたが、現代の東京という都市環境でゴミ処理場が新設されることは奇跡的なことでした。後記の事柄と併せ、こういった経緯の積み重ねがこの場にある特異性を付与していると感じます。計画初期はまだ道路もなく埋立土を固める土の山がうず高く積まれた荒涼とした場所で、完成後でさえ東京にありながら陸の孤島に近いアクセスの悪さも寄与しているように思います。
クライアント(事業者)は、廃棄物処理業を基幹業務としながら、その社会的重要性の啓発を重視し、関連企業や官公庁へのコンサルティングも行っており、その延長上にこの施設の「開かれた工場」というコンセプトはあったのでしょう。設計要件としては、運用的には見学ルートを設ける、また形態的には処理過程が外部から見て取れるようにするというものでした。
正面右に処理ライン、左に作業棟、中央を荷捌きヤードとするクライアント技術側の基本計画案に、建築的要素として、エントランスにゲート状にまたがる大スパンのオフィスを提案しています。最奥部の荷置きヤードの大屋根は新たな法の適合要件として計画途中で追加要求されたものです。結果、工場はアドホックな群構成となり、建築要素が各処理工程のダイアグラムに逐次呼応する離散的な形態を持ちました。(図1、2)。
機械処理に関わるボリュームは無機的で工業的な金属板仕上げ、オフィス-見学経路など人間のアクティビティを内包する部分の外壁は、活動の表現として肌をイメージするペールオレンジのモザイク模様としました(図3)。さらにこれを小片のガラスからなる、透明とフロストのランダムパターン(図4)をもつ外皮(アウタースキン)で覆い、内外の二重のモザイクが揺らきながら儚いものを保護するような表現としました(図5)。ゲートオフィスの多面体の複雑な形状がその有機性をさらに強調しています(図6、7)。
海側の大屋根は垂直性(=重力感)を極力廃した斜材による支持構造とし、羽田上空へのビスタを妨げない薄い屋根板が浮かぶような透過性の高い架構としました。鉛直荷重と水平荷重を力学的なヒエラルキーの中で別々の部材が負担するのではなく、ひとつの部材が両方の力に同時に抵抗する均質な表現となっています(図8、9)。
2 反転した内部と外部 ─ エンベロープとアクティビティ
四方を建物群に囲まれた中央の露天ヤードから廃棄物(=資材)は各棟へ供給されます。それぞれのファサードが建ち並び内包するアクティビティを表出します。
展示スペースとして使われた三階建ての作業棟は、各階の異なる要求面積をそのままスタックした構成で、内部は天井の高いがらんどうの空間です。メインの作業場である二階部分のキャットウォークに歩行同線に沿って連続した窓を設け、これを見学ルートとしました(図10)。一方に鉄骨や壁下地がむき出しになった粗野な内部を眺め、他方に外部の装飾的なプラントハウジングを窓越しに眺めるという構成です(図11)。この経路はオフィスにまで至り、窓も動線に沿って連続します(再掲─図5)。
ハウジングは機械を覆うだけの単一機能ですが、作業棟内部は処理の対象物に応じ都度工程が変わります。これを許容する空間に見学経路が織り込まれること、また内・外部の両空間を同時に知覚しながらその対比が意識されることが、ハコとしてこの展示プログラムの一部になり得ていたらと思います。
3 事の経緯 ─ 「Variations on a Silence ──リサイクル工場の現代芸術」/場と事の同時性
建築の設計とは、与件・要件に対する一般性を持つルールを見つけ、その適用範囲の中から一つの着地点を見つけることのように一時期考えていました。それはある「華麗な」バリアント(=変種)を見つけるようなものではなく、数多くの選択肢をある一つの形(=残骸)に収斂させる、まるで剥製を作るかのような強引な作業に感じていました。しかしこの計画では突発的な要件に対応しながら即時的・即物的な造形手法を採用することとなり、結果それが静的な固着を回避しその読み取り方の多様さを担保したように感じます。使うことにより新たな価値が発生する場、そういう幅のある決定の仕方があることに気づかされました。
4 個人的関与 ─ いくつかの裏話と
企画が進み展示作業が具体化していくのは、工事も終盤で現場が緊迫し殺伐としてきた頃です。個人的には現場に缶詰で疲弊の極にあり、施工者共々「まじかよ! まだ仕事増えんの!?」との心境でした。しかしある程度竣工の目処が立ちはじめると、蓄積した疲労もあってかランナーズハイ的に祝祭的なものを感じ始め、この企画の準備作業へとなだれ込んだ記憶があります。
710.beppo の作品「0.7 tons for music」 では作品コンセプトの図面化や加工業者への製作指示など補助作業を行いました(図12)。この際指定した支柱鉄骨のサイズがやや細かったり(思わぬ捩れが発生した)、ワイヤーが細く切れかかったりのトラブルでは私にも責任の一端がありそうです。
敷地の人工護岸は大量のケーブル(タイロッド)で陸側に打ち込んだ矢板に固定されており、ここの荷重条件は500kg/㎡以下、およそ書庫の床程度という、建築物の荷重のオーダーとしてはあまりに小さいものでした。そこで護岸際緑地の下には土の変わりに土木用の発砲スチロールを埋設し軽量化を図る設計としました(図13)。この残材(図14ー残材が発生した理由は書きたいが書けない)から製作されたポル・マロ氏の作品「ミラーズ」は、おそらくこの状況でのみ制作しえる作品ですが、素材そのものが林立する中を人が回遊する空間に接し、土木のスケールが日常感覚を圧倒する様を感じました(図15)。
準備当時この工場はまだ試運転を行うのみだったが、数回にわたり稼働中の工場まで赴き現実の処理工程を見学した。またこれらに題を得た数々の作品を製作過程を含め鑑賞した。廃棄物がこうして精錬・精製され「原料=資源」へと変貌する様を多様な観点から見たことで、私は「ごみ」という言葉が、思考停止のまま不都合なものを視界から消すだけの安易な言葉のように感じている。