ニューアルバムのリリースツアーにして、6人編成のフルバンドとしては初の公演となったLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でのライブ、そして有楽町I’M A SHOWでのリクエストを受けて過去の曲を単身で披露するという両極的な場に立ち会えたことで、いくつかの発見があった。

渋谷で行われたのはアルバムの再現ライブ。それは「Long Voyage」と冠されたアルバムタイトルの通り、どこまでも大海原に連れ出し、港々に立ち寄りながらも決して私達を安住させない。日常とは異なる速度で喜びや悲しみに溢れた「世界」を目の当たりにしてゆくので、同乗する私達にも「覚悟」が問われる航海となった。ライブ終盤、自身のパフォーマンスに納得していなかった七尾氏は予定外に単独でギターを持ち、観客と向き合うことになる。この日2度めの「미화(ミファ)」、自死した在日韓国人少女の歌だ。彼は「停泊」することの意味も知っている。それはまさに圧巻で、誰もがこの日この場に居合わせたことの幸運を考えさせられた。また、照明での繊細な演出や、高知から持ってきた「帆」を中心に据えた空間なども物語を喚起する素晴らしいものであった。

一方、有楽町で行われたのはギターの弾き語りによる、リクエスト曲の披露。本人曰く「マニアックな曲中心」ということで、1曲目の「戦闘機」はおよそ20年ぶりとのこと。所々、うる覚えだったりと、iPad で譜面を見ながら思い出すという生々しさにもインパクトがあったが、ある程度の経験を重ねたものであれば、駆け出しの頃の自身の仕事や作品に向き合うのが苦行であることは明白であろう。実際、七尾氏もかつての自分がいかに若くて未熟であったかを延々とステージ上で述べ、もがいている姿が微笑ましくもあった。私はこの数年に彼の音楽を聞くようになり、恥ずかしながら古い曲は知らずに参加していたため、その分の驚きがあった。彼は変わらないのだ。確かに、かつての曲には特定の人に向けたラブソングが多い。しかし、現在の彼もそれと何も変わらない熱量で、入管で迫害を受けた人への連帯や、被災した人や亡くなった人々への慈しみを表現している。隣人を愛するように他者を想うこと、それは誰にしもできることではない。会場に来ていたのは、古くからのファンが多かったのだろう、彼ら彼女らはそんなこと言わずもがなわかっているようだった。航海と停泊を繰り返しながら、常に彼に寄り添われてきたことを。

七尾旅人
“Long Voyage” リリース・ツアー
Band Set:Shingo Suzuki(Ba)、山本達久(Dr)、小川翔(Gt)、瀬尾高志(Cb)、TAIHEI(Key) 
ゲスト:大比良瑞希
2023年3月12日(日)
LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
https://www.tavito.net/longvoyage/tour/

“TOKYO春爛漫”
七尾旅人
2023年4月24日(月)
I’M A SHOW(東京・有楽町)
https://sunrisetokyo.com/detail/21683/