パリとその近郊にある大手現代アートギャラリーの6月の展示に、日本人アーティストが名を連ねている。村上隆はガゴシアン(ル・ブルジェ)、加藤泉はペロタン、塩田千春はタンプロンといった具合だ。「日本」を横串にして議論をするつもりはないが、それぞれ孤高の戦いを続けた上で立っている彼らの生きる姿が見られるのが、こうしたギャラリーでの個展だ。

過去に著者が各位の海外での個展を取材したときに強く感じたパワーは、彼らが自分の目指す世界水準に邁進するための言動に由来する。昨今の現代アート普及の折あえて言いたいのは、彼らの活躍の下地には、アーティストとしての思想と日々の実践があって、ギャラリーやスタジオマネージャーらのサポートを得ながら、各方面からの評価が確立されていったということについてである。制作自体が生と死の問題に関わっていることもある。

国内外での評価が定着すると同時に論考の切り口は多様化し、作品の値段が着実に上がりつつもコレクターが増え、世界の国際展や美術館だけでなく異業界とコラボする機会も増えていく。こうしたことは、自由競争社会において獲得された成功に他ならない。ただ、スポーツ界などに比べて選手生命は長く、音楽のようにヒット曲を歌い続ければ印税が入るわけでもない。ファン層の広がりとメディア露出も増えるなか、いかにアトリエや制作現場で自分の表現に向かい合い、まだ生きている証明としての作品を発表し続けることが重要なのだ。

ペロタン・パリ(テュレンヌ通り側)の入り口外観
Photo : Perrotin / D.R

では、今日も生きるために絵を描く加藤泉の最新作はどうか。所属画廊の一つペロタンの本拠地パリで定期的に開催されている個展は2014年、20年に続いて3回目。その絵画と彫刻もしくはそれらが相互に作用するインスタレーションにおいて、物質と精神の境界を行き来する「ひとがた」*1が生殖を続けている。

*1 この「ひとがた」という言葉については、小説家で加藤作品のコレクターでもある、原田マハ「寄稿「『ひとがた』の系譜」(「加藤泉-LIKE A ROLLING SNOWBALL」展覧会図録、⻘幻舎、2022年)を参照

同展のリリースに寄稿した国立東洋ギメ美術館のマカリウ館長は加藤の絵を、八百万の神や妖怪のいる日本の河鍋暁斎や歌川国芳といった浮世絵師の系譜に並べた。筆者には、今回の平面作品で異なる色の交わりやぼかしが、ドゥールーズが「器官なき身体の強度的現実」*2 と論じたフランシス・ベーコンによる描写で、絵画空間の次元が歪んでいる感じを思い出させた。一方、抽象化された身体のパーツや装飾的な色面は、アリゾナにある砂漠での生活後に作風を変えたアドルフ・ゴットリーブが、シュルレアリスムに形式主義をかけ合わせ古代からのリアリズムとしての幾何学や色彩による世界の再現にも見えてくる。

*2 ジル・ドゥルーズ著、宇野 邦一 訳『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』、河出書房新社、2022年(原題:Francis Bacon, Logique de la sensation, 1981)

Untitled, 2023
Oil on canvas, frame, 114 x 64 cm
© Izumi Kato 2023. Photographer: Kei Okano
Courtesy of the artist and Perrotin

Untitled, 2023
Oil on canvas, frame, 114 x 64 cm
© Izumi Kato 2023. Photographer: Kei Okano
Courtesy of the artist and Perrotin

Untitled, 2023
Oil on canvas, 260 x 194 cm
© Izumi Kato 2023. Photographer: Kei Okano
Courtesy of the artist and Perrotin.

Untitled, 2023
Oil on canvas, 260 x 194 cm
© Izumi Kato 2023. Photographer: Kei Okano
Courtesy of the artist and Perrotin.

絵を描くための素材の探求は、近代化やデジタル化で均一になる表面に抗うように物質性を強調する側面もあり、加藤が現地制作する土地で見つけた古いテキスタイルや木板、石などにも及んでいる。それらを縫う、削る、組み合す等の表現の器用さはますます軽妙だ。加藤が好んで使用するクスの木は、仏像の掘り出しにも使われる伝統的な素材であるが節が目立つ表面を残しながら、本のような屋根のような形態が立っていると同時に横たわる像を構成している。また、一見、大きな石材が連なっているように見える作品がアルミ鋳造で作られていて、自然石に描かれた作品とは必然的に異なる存在感を放っている。日本でアルミニウム金属の鋳造が普及したのは一説では1900年(明治33年)ごろだと考えられている。1世紀ほどの歴史しかない新しい金属であるが、生活に寄り添いつつ極めて急速な展開をしていて、輸送の観点からも理に適った素材である。

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn
Courtesy of the artist and Perrotin. © Izumi Kato 2023

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn
Courtesy of the artist and Perrotin. © Izumi Kato 2023

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn
Courtesy of the artist and Perrotin. © Izumi Kato 2023

このように加藤による像は、さまざまな物質の上に現れては、見る者がそれぞれ想起する文化的脈絡を浮遊し、特定の場所や時間軸を越える超自然的存在であり続けている。

今回、作品数も多くフランスの観客の目を引いているのは、今年3月までワタリウム美術館の「寄生するプラモデル」展でも出展されたヴィンテージのプラスチックモデルを用いたシリーズ。環境汚染の原因としてフランスで削減の徹底が進む素材だが、世界を知るための教育玩具であり、人体や動物、飛行機等、説明書のイラストも含めキッチュだが作り手の想いが宿った母型の存在を感じる。それらを加藤は複数の絵画と彫刻の両方の地平にリミックスする形で組みこんだ。また、加藤自身が石にペイントした作品のプラモデル化は結果的に、マウリツィオ・カテランと蝋人形作家のコラボによるリアリズムや、村上隆が用いたオタク(フィギュア)文化のアート作品化のように、アートの世界以外で確立された市場におけるクリエイティビティへの着目に加え、民主化の進む現代アート作品の収集と作品制作の主体性も問う。

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn
Courtesy of the artist and Perrotin. © Izumi Kato 2023

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn
Courtesy of the artist and Perrotin. © Izumi Kato 2023

個人的には、加藤が2022年に参加したハワイ・トリエンナーレで発表したトタン板が支持体の絵がもっとも気になった。もともと、石や木を使って現地制作をする計画だったが(加藤は同年に宮城県石巻で開催されたリボーンアート・フェスティバルで、現地で採取した石を用いた作品を、津波で大きな被害を受けつつも流されず残った蔵の周りや室内に点在させて展示した)、ハワイではそれら素材がスピリチュアルなものとして簡単に使えないということで、最初の展示場所候補だったバンカー(第二次世界大戦の時の格納庫に使っていた大きな防空壕)にあったトタン板を使ったそうだ。作品はその後ビショップ・ミュージアムというハワイ王国の文化財に加え神話や自然科学の資料も集めた博物館の壁に立てかけて展示された。大きさの異なる板材5枚にそれぞれに父、母、3人姉弟のような像が描かれていて、家族の肖像のようだが、いずれも影がネオン色に近い黄色という特徴もありやはり超自然的な構成だ。

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn

Installation views of Izumi Kato’ solo show at Perrotin Paris, 2023
© Photo : Claire Dorn

自然物でも人工物でも、物質が生まれ経過した時間の記憶が表面に宿っていて、実際に観察したり触わったりするとそれが何となく伝わってくることがある。加藤はそれらに触れ、指先を使ってそのイメージを表していく。また、ストーンヘンジさながら、素材があった場所からそれらを移動させ、細心の配慮をもって展示している。ペロタンの2階の奥の展示室で着地せずに空中に漂っている一家も、加藤がよく言うように「彼らは誰でもなく、どこでもない」。その支持体が持つ意識のエネルギーや本質こそを表現している。加藤のアートにおいて、色も物質性も見る者の感覚をひらくための扉でしかなく、私たちはその図像の「念」に出会うのだ。


IZUMI KATO
2023年7月29日(土)まで開催
Perrotin Paris
76 RUE DE TURENNE 75003 PARIS
10 IMPASSE SAINT CLAUDE 75003 PARIS
火〜土、10時〜18時
https://leaflet.perrotin.com/view/526/

飯田真実
展覧会の企画運営やアーティストの作品制作を管理するアートプロジェクトマネージャー。パリ第1パンテオン=ソルボンヌ大学大学院卒業(展覧会運営学修士)後、国内外の国際芸術祭(モントリオールビエンナーレ(2011)、文化庁メディア芸術祭(2012)、あいちトリエンナーレ(2013))、国際交流基金パリ日本文化会館展示担当(2014-2017)を経て、現在パリを拠点にNPOアートスペースの運営とアーティストスタジオに勤務。美術ジャーナリストとしても活動し、朝日新聞、美術手帖、The Art Newspaperなどに寄稿している。